ホルヴィラップ修道院 アルメニアの風景

ホルヴィラップ修道院 アルメニアの風景ホルヴィラップ修道院 アルメニアの風景

旧約聖書の中で、全てを飲み込む大洪水の後に「ノアの方舟」が流れ着いた陸地とされている「アララト山」は、古くからアルメニア人が多く住んできた場所であり、長らくアルメニアの人々のシンボルとなってきた山だ。そんなアララト山を背に、アララト平野に建っているのが今も多くの巡礼の人々が訪れる場所として知られるホルヴィラップ修道院。「深い地下牢(deep dungeon)」の意味を持つというこの修道院の歴史は古く、かつては実際に牢獄として用いられていたという。そんなホルヴィラップが修道院、そして巡礼地として知られるようになった始まりは、ティリダテス3世(在位 西暦35年~36年)の命によりこの場所に宗教指導者で守護聖人グレゴリウスが投獄されてからのこと。14年後に牢から出されたグレゴリウスは、正気を失っていたティリダテスの病を治し、彼の宗教指導者となって国の改宗改革を主導、その後アルメニアは世界で最初のキリスト教を国教とする国となった。聖グレゴリウスに敬意を表する為に642年に地下牢のあった場所に礼拝堂が建てられ、以降、ホルヴィラップの地は礼拝堂、修道院、そして巡礼地として人々に親しまれるようになったという。